理系小説−科学技術進歩対話集

科学技術の進歩に賛成する理系の妻の理律子と、科学技術の進歩に反対する文系の夫の文男との対話集

I.科学技術の進歩

1.難病患者を訪ねて

 理律子と文男は、とても仲の良い夫婦だった。

 理系の理律子は、とても理性的で、理路整然と議論をする女性だった。

 文系の文男は、理性より感情を重視する情の厚い男性だった。

 二人は仲が良かったが、一つだけ意見が対立していた。

 理律子は科学技術の進歩に賛成だったが、文男は科学技術の進歩に強固に反対していた。

 文男は、「科学技術の進歩」に嫌悪感を抱いていた。

   文男は、「科学技術の進歩が人間を不幸にし、科学技術の進歩が戦争や環境破壊を引き起こす」 という思想を持っていた。

 だから、科学技術の進歩と聞くたびに激しい嫌悪感がこみ上げてくるのであった。

 二人は、ある日、難病患者Aを訪ねた。

 難病患者Aは病棟で苦しみにあえいでいた。苦しみの声は、病院の廊下にまで響いてきた。

 文男は、難病患者Aの苦しみをなんとかしてあげたいと思った。文男は、難病患者Aへの募金活動を始めた。

 文男は、持ち前の営業力で1000万円の募金を集め、千羽鶴を折った。

 難病患者Aは言った。「千羽鶴をありがとう。私への募金はいいから。私と同じように苦しんでいる人を救うために、難病の研究を進めてほしい」

 文男は、難病の研究と聞いて、科学技術の進歩のことだと思い、激しい嫌悪感を抱いた。

 文男は言った。「目の前にいる難病患者Aへの募金は大事だ。しかし、研究や科学の進歩は決して重要ではない。」

 理律子は言った。「理工系の人が科学技術水準を高めることが、難病を治していくことにつながるわ。科学の進歩は重要だわ。」

 文男は言った。「科学技術の進歩は人間を幸せにはしないんだ。」

 理律子は言った。「あなたは、難病患者Aを救いたいんでしょ。どうして科学技術の進歩に反対なの。」

 文男は言った。「俺は営業の人間だ。科学技術の進歩より、営業活動の進歩が重要なんだ。」

 理律子は言った。「難病は、現在の科学水準では治療が難しい病気であり、科学の進歩が必要な病気よ。難病を治すためには、基礎的な研究を含め、理工系の活躍が必要よ。」

 文男は言った。「難病を治すためには、難病の治療法を医者が考えればよいんだ。医者が頑張れば難病は治る。」

 理律子は言った。「難病を治すための遺伝子治療には、ゲノム解析が必要よ。そのためには、ゲノム情報を蓄えるコンピューターが必要よ。コンピュータを作るためには、電子技術が必要よ。そのためには、純度の高いシリコンを作るための化学技術が必要よ。情報、電気、化学、生物などの基礎研究があって初めて、難病研究は進むのよ。」

 文男は言った。「そんな難しい話はやめてくれ。俺には目の前に苦しんでいる人がいるかどうかが重要なんだ。」

 理律子は、理路整然と論じてしまう癖があった。

 文男は、そんな理律子を、感情的には受け入れられなくても、好ましく思っていた。

2.中国の環境破壊の現場を訪ねて

 理律子と文男は、中国に旅行をした。

 文男は言った。「俺は、中国のような歴史の国が大好きなんだ。」

 理律子と文男は、有名な観光地を訪ねた。

 しかし、理律子は、持ち前の科学的な分析心で、観光地の環境汚染について気づいてしまった。

 理律子は言った。「これは二酸化硫黄の臭いよ。硫黄酸化物で汚染されているわ。」

 文男は言った。「なんだ、その二酸化硫黄って。」

 理律子は言った。「化学式はSO なのよ。」

 文男は言った。「そんな難しい話はどうでもよい。科学の進歩が環境問題を生んだんだ。科学の進歩が諸悪の根源だ。」

 文男は、科学技術の悪の証拠を見つけて、非常に得意げに言った。

 理律子は反論した。「日本は環境技術が進んでいるから環境破壊が抑えられているわ。SO も除去されているわ。」

 文男は言った。「そもそも、環境破壊は、科学技術のせいだろ。」

 理律子は理路整然と反論した。「科学技術により環境汚染の原因が突き止められていくの。科学技術の進んだ国と、科学技術の遅れた国のどちらで環境破壊が進んでいるのか知っている?科学技術の進歩は重要よ。」

 文男は言った。「とにかく、科学技術の進歩が諸悪の根源なんだよ。縄文時代を見ろよ。環境問題はなかっただろ。」

 理律子は言った。「あなたは縄文時代に逝ってよ。」

 理律子は、理路整然と論じても、文男が反論すると、切れてしまう癖があった。

 文男は、そんな理律子を、感情的には受け入れられなくても、好ましく思っていた。

3.アフリカを訪ねて

 理律子と文男は、アフリカに旅行をした。

 文男は言った。「俺は、アフリカみたいにワイルドなところが好きなんだ。人間の本質に帰った気がする。」

 理律子は言った。「私は、科学技術の進歩があれば、アフリカももっとよくなると思うの。」

 そのとき、ツアーガイドが言った。「ここから先は、内戦があるので危険ですので立ち入れません。」

 文男は言った。「ほらみろ。戦争は、科学技術の進歩により起こるんだ。科学技術の進歩により多くの人が死んだんだ。」

 理律子は言った。「戦争は貧困から起こるのよ。科学技術の進んだ国と、科学技術の遅れた国のどちらで戦争が多く起こっているか知っている?」

 文男は言った。「とにかく、科学技術の進歩が諸悪の根源なんだよ。縄文時代を見ろよ。戦争はなかっただろ。」

 理律子は言った。「縄文時代にも、戦いはあったのよ。当時の頭蓋骨の分析から分かっているわ。今の日本より多くの人が、戦いで死んでいたのよ。ちょっとした傷でも、細菌が入れば致命傷になったのよ。ちょっとした傷が膿んでも、抗生物質も消毒薬もないので、どうすることもできず、敗血症になったの。予防注射もなかったから、破傷風にかかって、全身に強直性痙攣を引き起こして、死んでいった人も多かったのよ。」

 文男は言った。「縄文時代も、決して楽園の時代ではなかったんだね。」

 理律子は言った。「そうよ。当時の平均寿命は20歳台だったの。」

 理律子は、科学的に理路整然と説明してくれた。

 文男は、理律子の説明を素直に受け入れた。

 理律子は、そんな素直な文男を、好ましく思っていた。

4.歯科医にて

 理律子と文男は、虫歯の治療のため、歯科医に行った。

 文男は言った。「虫歯も、科学技術の進歩のせいだ。原始時代には虫歯はなかっただろ。」

 理律子は言った。「原始時代にも虫歯はあったわ。当時の頭蓋骨から麻酔もなく歯を抜いていたことが分かるのよ。」

 文男はドリルの音が嫌いだった。でも、「麻酔もなく歯を抜く 」よりはましだと思った。

 理律子は言った。「理工系の技術が進歩すれば、レーザーで治療できるようになるわ。ドリルはいらなくなるかもしれないのよ。また、バイオテクノロジーの進歩によって、口腔内常在細菌叢に影響を与えて、虫歯の予防ができるかもしれないわ。危険性は十分に評価しなければならないけど。歯科の進歩には、理工系の研究が重要よ。」

 文男は歯科医に来て、科学の進歩が少し重要だと思った。でも、それは歯科の問題であり、科学技術とは関係がないと思っていた。

 文男は言った。「科学技術は人間に役に立たないけれど、歯科だけは発展してもいいね。」

 理律子は言った。「歯科は、科学技術に支えられているのよ。麻酔に使われている物質の化学式が分かる?」

 文男は言った。「難しいことはもういいよ。でも、科学技術の進歩は、営業の進歩より大切かなあ。」

 理律子は言った。「どちらも大切よ。」

 理律子は、科学者らしく、公平な視点から、理路整然と説明してくれた。

 文男は、そんな理律子を好ましく思っていた。

5.携帯電話について

 理律子は、理系らしく、携帯電話の多くの機能を使いこなしていた。

 理律子は言った。「このキーの後に、このキーを押すと、インターネットに接続できるのよ。」

 文男は言った。「携帯電話により、営業の仕事が忙しくなったんだ。いつでも電話が鳴って呼び出される。科学技術の進歩が俺を苦しめている。科学技術の進歩が人間を幸せにしない実例が俺なんだ。」

 理律子は言った。「外出先でも、PC向けサイトが見れるわ。何かと便利よ。」

 文男は言った。「携帯電話から、科学技術に反対するって、理律子のブログに書いてほしいな。」

 理律子はブログを運営していた。文男はブログの書き方が分からなかったが、パソコンでは理律子のブログを読んでいた。

 理律子は言った。「ブログは、理工系の技術の勝利よ。ブログの技術の実現には、高度なインターネットの技術が必要よ。それは、情報工学だけではなく、電気、化学、数学など、多くの理工系の技術が基礎となっているわ。ブログを実現するのに、どれだけの基礎技術が必要か想像がつく?」

 文男は言った。「ブログなんか、ブログを作るだけで、技術なんかいらないだろ。」

 理律子は言った。「それじゃあ、なんで21世紀になってやっとブログができたの?20世紀の技術水準では、ブログは無理だったのよ。背後にある基礎的な技術の進歩が、ブログを可能にしたの。」

 文男は言った。「とにかく、ブログで、科学技術の進歩は有害だって書いてよ。」

 理律子は言った。「科学技術の進歩で実現されたブログに、科学技術の進歩は有害だって書いても説得力がないわ。」

 文男は言った。「とにかく、俺は営業の電話から逃れたいんだ。ブログで何とかしてくれよ。」

 理律子は、文男が論理よりも感情を優先することを理解していた。

 理律子は、そんな文男を、物足りなく思うこともあったが、好ましく思っていた。

II.晩年になって

1.理律子と文男の晩年 理律子は、理系の晩年を迎えていた。

 文男は、営業から昇進し、取締役になっていた。

 文男は言った。「理律子は、理路整然と理屈を述べて有望株だったが、結局会社では出世できなかったな。」

 理律子は言った。「でも、科学技術の仕事は面白かったわ。」

 文男は取締役になったが、激務がたたり、心臓病で入院した。

 理律子は言った。「私たちが若い頃から科学技術が進歩したおかげで、今では心臓病も治る病気になっているわ。理工系の技術のおかげで、新素材のステント技術と、原始的なマイクロマシン技術が発展したのよ。心臓の血管の修理もある程度できるわ。」

 文男は言った。「若い頃は、科学技術の進歩を馬鹿にしていたけれど、今、こうして命が助かるのも、理工系のおかげだね。」

 理律子は言った。「あなたとこうしていられるのも、理工系の研究のおかげよ。余生は、理工系の地位向上にささげましょう」

  文男は言った。「理律子と一緒に残りの人生を生きられるも、科学技術の進歩のおかげだね。」

 文男は退院した。

2. 科学技術の進歩への理解

 文男は、退院後、科学技術の恩恵について興味を持った。

 文男は、理律子が若い頃にブログで何を書いていたのかを聞いた。

 理律子は言った。「理工系の地位向上による科学技術の進歩が重要であることを訴えるブログを作っていたのよ。」

 文男は、若い頃と違い、今はそれを好ましく思っていた。

 文男は言った。「俺も、科学技術の進歩が重要だとブログに書いておけばよかったなあ。」

 晩年になって、文男も、科学技術の進歩に理解を示すようになっていたのである。

この小説はフィクションであり、特定の人物や史実との関係は全くありません。

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科学技術政策のページ (親サイト)

親サイトからの抜粋: 進歩を重視せず、社会や生活の安定を重視する人々もいます。これらの人々は常に多数派なので、これらの人々が社会を治める傾向があります。江戸時代がそうでした。300年間の平安な社会が築かれたのです。これは、1つの価値観ではあります。しかし、その結果、日本の発展は大きく遅れてしまいました。外国が開国を迫らなければ、我々は今も簡単な農具で田んぼを耕しているでしょう。数百年後の未来の人類である我々は、江戸時代の科学技術政策は支持することができません。同様に、我々は未来の人類が支持しうる科学技術政策を採る必要があるのではないでしょうか。



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